列車恐怖症 高橋洋

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    これはソウルの地下鉄のさらに地下深くにあるとても気持ちの悪い廃駅だ。

     

     

    何でこんな所を取材してるかというと、韓国で恐怖映画を作ることになったのである。
    詳しいことはまだ書けないが、たぶんテーマは「列車恐怖症」になるんじゃないかと思う。
    僕自身が20代の一時期、ひどい列車恐怖症に陥って、未だにちょっと尾を引きずっているからだ。
    僕は自分が本気で怖いと思ってるものしか書けない…。

     

    列車恐怖症になったきっかけは、眼の前で飛び込み自殺を見たからである。
    いや、厳密に言うと飛び込みとは言えない。
    その女は、気がつくと、線路に降りて列車に背を向けてしゃがんでいた。
    聞いたこともないような凄まじい警笛とブレーキ音が上がったが、間に合わず、その女はズルリと車両に呑み込まれた。
    その瞬間、ホームにいた乗客たちは飛び跳ねるように一斉に顔を背けた。

     

    自分が20代の当時、働いていた会社の最寄駅で起こった事故だ。
    実は僕は事故が起こる前に、この女をホームで見かけていたのである。
    改札を抜けて階段を上ってホームに出ると、眼の前に女はいた。
    すぐに見てはいけないと気づいた。
    どういう風に見てはいけない存在だったか書くのは控える。
    というのも、この映画のプロットのためにその時の体験を克明に書いていたら(ちょうど深夜だったせいもあるのだが)、その女がすぐそばにいると感じられたからだ。
    だいたい深夜に死者を思うのはよいことではない。
    特にその女について言えば、自分は死ぬ直前の顔を見てしまっていることになる。
    昔は書いていて怖くなると、ためらうことなくジョナサンに逃げた。
    これ以上、ここにいたら何か起こりそうな気がしてたまらなくなるから。
    その日はもう午前3時だったので、とっとと仕事を切り上げることにした。
    トイレに行ってる間も、歯を磨いている間も気配が消えない。
    今にも何か起こりそうだ。
    やっと寝室の布団の中に潜り込んで、やれやれとなった時、ガチャッ!と寝室のドアが開いた。
    さすがに悲鳴を上げそうになった。
    もちろん、ドアの向こうに女が立っていたりはしない。
    独りでにドアが開くのはたまにあることだ。
    でも、何でこのタイミングなんだ…。

     

     

    事故があった瞬間、僕は線路にしゃがんでいたのが誰か気づかなかった。
    一瞬遅れてあの女を思い出し、さっき見かけたホームの辺りを伺うと、駆け寄る駅員たちの足元に、女が胸元で握りしめていた白いバッグがポツンと置かれていた。
    一番ゾッとしたのはその時である。
    以来、列車恐怖症になった。
    警笛やブレーキ音を聞くと身がすくむ。
    ホームと車両の間が恐ろしくて覗き込めない。
    とにかくホームにいる時は中央の柱につかまっている。
    夜、寝ていると、明日、電車に乗る自分が信じられず不安が押し寄せてくる。
    線路の上をギリギリと滑ってくる車輪に、自分はいつか巻き込まれる運命だと思えてくる。

     

    ところがだ。
    僕は最近、たまたまこの事故があった駅に立ち寄って、頭がグニャリとなるような感覚を味わった。
    僕の記憶では、列車はホームに立つ自分の右手から入って来たのだ。
    間違いない。僕は事故を目撃したその日に、眼に焼きついた光景をスケッチに残している。
    しかし、現実には列車は左手から入って来た…。
    ということは反対側のホームも列車は左手から入って来ることになる。
    右手から来るなんてあり得ない…。
    いったいこれはどういうことなんだろうか?
    渋谷駅や新宿駅は列車は右手から入って来る。しかし通勤していた最寄駅を間違えて覚えるはずがない。
    ひょっとして自分は、受け入れがたい光景を前にして、とっさに脳内で左右を反転させたのだろうか?
    まるで鏡の中の世界を見るように。
    そんなことを知り合いに話したら、轢死体も左右逆になってるかもよと怖いことを言われた。
    この人、才能あるなと思った。
    いや、それはともかく。実に困ったことになったわけだ。
    だいたい今頃になって左右逆と気づくのがおかしい。散々利用した駅だ。
    で、とにかく見たことは間違いないのだから、証拠のスケッチをこのブログでアップしようと思ったのだが、ない…。
    どうにも見つからない。
    どうなってるのこれー!
     


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